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広島地方裁判所 平成10年(行ウ)27号 判決

原告 西尾俊博 ほか五名

被告 広島県知事

代理人 池下朗 橘晴彦 ほか七名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、砂防法四条一項、砂防法施行規程三条、広島県砂防指定地管理規則三条及び四条に基づき、平成九年三月二七日付けで恋文字開発株式会社に対して行った砂防指定地内行為及び砂防設備の占用許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する本案前の答弁

主文第一、二項と同じ。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件許可処分

被告は、恋文字開発株式会社(以下「恋文字開発」という。)がゴルフ場建設事業を行う目的で、平成六年七月一四日付けで行った砂防指定地内制限行為の実施及び砂防設備占用の許可申請に対し、同九年三月二七日、砂防法四条一項、砂防法施行規程三条、広島県砂防指定地管理規則三条及び四条に基づいて左記内容の許可処分(以下「本件許可処分」という。)をなした。

(一) 砂防指定地内河川名 黒瀬川水系 田房川

(二) 制限行為の場所 東広島市八本松町大字篠字タバサ一〇八七番地外七〇筆

(三) 制限行為の内容 ゴルフ場造成工事による切土、のり切、掘削、盛土、立木竹の伐採、砂防設備以外の施設又は工作物の設置

(四) 制限行為の面積 八万六六五〇平方メートル

2  原告適格

砂防法は、砂防指定地内において一定の行為を禁止、制限できるとして土砂の流出や崩壊、地滑り、出水等により近隣地域住民に災害が及ぶのを防止していることから、一般的な公益とともに、一定の範囲の住民の個々の権利、利益をも保護法益としている。

原告らはいずれも、本件許可処分のなされた前記1(二)の場所(以下「本件許可地」という。)の周辺に居住しており、本件許可地内の制限行為等の実施に起因する土砂の流出等の被害を被り、環境権を侵害されることが想定される地域に居住しており原告適格を有している。

3  本件許可処分の違法性

砂防法は、砂防指定地内での禁止、制限行為により土砂の流出や崩壊、地滑り、出水等のおそれがないと認められるときに限り、禁止・制限行為等を許可すべきものとするところ、以下のとおり、本件禁止・制限行為の実施によって、土砂の流出、崩壊、地滑り、出水等の災害が発生するおそれが十分にあり、したがって、不許可事由が存在しているのであり、それにもかかわらずなされた本件許可処分は違法である。

(一) 恋文字開発は、本件許可地においてゴルフ場施設等(クラブハウス、管理棟、茶店を含む。)を建設し、ゴルフ場事業を行うことを計画している。

ゴルフ場建設の予定区域面積は、一六一・〇一ヘクタールであり、ゴルフコースは、三二・三一ヘクタール、一八ホール、パー七二、全長六三八三メートルで、本件事業計画の対象地の中には、調整池一三基、溜池、水路等が設置される予定である。

(二) 本件許可地の基礎岩盤である広島花崗岩は、地下深所だけでなく地表面上ないし地下浅所にまで及び、冷却節理が縦横に発達しているだけでなく地殻変動を原因とした多くの節理も見られ、多数の断層も生じており、一部は破砕帯になっている。しかも、広島花崗岩の生成年代は、比較的新しい中世代白亜紀に属し、これらの断層、節理には、開口しているものが非常に多い。そして、この断層、節理の開口面から入った空気や水が地下深所にまで浸透するため、地表面だけでなく地下深所まで風化してマサ土となり、その岩塊は、容易に剥離するなど極めて脆弱な岩盤となっているので、斜面崩壊の発生率が極めて高い。

(三) そして、本件許可地は、森林地帯の中に河床勾配の急な谷筋が走り、渓流となっているため、降雨時には、周辺地域を含めて降水が渓流に集中して流入し、その結果、短時間のうちに渓流の流量が増大するため、土石の浸食、土砂の流出、斜面崩壊が生起しやすい。現に、平成五年に本件許可地及びその付近において行われた森林伐採等が原因で、崖崩れが発生し、大量の土砂が流出した箇所がある。

以上のように、本件許可地は、洪水、山崩、土石流等、斜面崩壊が極めて発生しやすく、現に発生してきた区域である。

(四) 本件許可処分は、本件許可地において、ゴルフ場建設事業を行う目的で森林伐採、切土等の施工を許可するものである。

しかし、本件許可地において森林伐採、切土等を行うと、降水の地下浸透量が減少して表面流出量が増大し、大規模な洪水被害をもたらしたり、随所にあるマサ土の部分から大規模な地滑り、山崩れ、崖崩れ、表層滑り等の土砂流出災害を引き起こすことが予想され、森林の土砂崩壊防止機能を奪うばかりか、地盤災害の繰り返しによる田房ダム及び河川の堆砂率が増して洪水防止機能が損なわれ、原告らに多大な被害をもたらすものである。

(五) 右被害の発生は、原告らの良好な環境を極度に悪化させるものであり、本件許可処分は、原告らの環境権を必然的に侵害するおそれがある。

4  本件許可処分後の経緯

原告らは、本件許可処分につき、平成九年五月二七日、審査庁である建設大臣に対し、許可の取消を求めて行政不服審査を申立てたが、これに対し、同一〇年七月一七日、右申立てを却下する旨の裁決がなされた。

5  よって、原告らは被告に対し、本件許可処分の取消を求める。

二  被告の本案前の主張

1  被告が平成九年三月二七日付けでなした本件許可処分は、制限行為の期間を「許可のあった日から一年以内に着手し着手後三〇ヶ月の期間」とし、「制限行為の着手及び完了にあたっては、広島県東広島土木建築事務所長に届け出て、指示を受けること」との許可条件が付され、また、被告は本件許可処分後一年以内である平成一〇年三月一二日付けで恋文字開発からなされた、制限行為の期間を「許可のあった日から二年以内に着手し着手後三〇ヶ月の期間」に変更する許可申請に対し、同月二七日付けで右申請どおり変更許可をした。

2  右制限行為の期間とは、一般的に禁止された砂防指定地内制限行為の実施をその期間内に限り許可するものであって、制限行為に着手すべき時期と制限行為の実施をなし得る期間の終期の双方が定められており、制限行為に着手した日がその実施をなし得る期間の終期の起算点とされており、申請人は制限行為に着手すべき時期までに制限行為に着手することが必要であり、着手すべき時期までに着手がなされなければ制限行為の実施を許可する処分はその本来の法的効力を失う。

ところが、本件において恋文字開発は、右制限行為の着手すべき時期である本件許可処分のあった平成九年三月二七日から二年以内である同一一年三月二七日までに、砂防指定地内制限行為の着手の届出をせず、実際にも着手しなかった。

したがって、本件許可処分の法的効力は、処分の日から二年を経過した日である平成一一年三月二七日の経過により消滅し、恋文字開発は本件許可処分に基づいて適法に砂防指定地内制限行為をすることはできなくなり、本件許可処分がなされたことにより原告らが法律上の不利益を受けるおそれはなくなったものである。

なお、右着手時期経過後である同年五月二八日、恋文字開発から更に制限行為の期間を変更する許可申請がなされたが、行政処分の変更は、その対象たる元の処分の存在を前提に、その内容の一部又は全部を変更するものであるから、元の処分がその効力を維持していることが必要であるところ、本件許可処分の効力は失われているのであるから、恋文字開発の右許可申請に対し被告が許可をすることはない。

また、恋文字開発がなした新たな許可申請に対し、被告の許可処分がなされることがあっても、本件許可処分とは同一性を有しない個別の処分であり、本件許可処分を取り消すことによって将来の別個の許可処分やそれに基づく砂防指定地内制限行為の実施を防ぐことはできない。

3  よって、原告らにおいて、本件許可処分の取消を求める訴えの利益が存在しないから、本件訴えは却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の認否、反論

1  本件許可処分の法的効力が平成一一年三月二七日の経過により消滅したことは認める。

2  恋文字開発が被告に対し、新たな許可申請をした場合、本件許可処分がなされたという事実が、その後の許可処分の審査に影響を与えるおそれがあるので、本訴において実体的審理を行って違法性を判断しておく必要性があり、訴えの利益は存在する。

理由

一  請求原因1のうち、被告は、恋文字開発が平成六年七月一四日付けで行った砂防指定地内制限行為の実施及び砂防設備占用の許可申請に対し、同九年三月二七日付けで、広島県砂防指定地管理規則三条、四条に基づいて本件許可処分を行った事実は当事者間に争いがなく、また、〈証拠略〉によれば、恋文字開発は、本件許可処分の日から二年を経過した日である平成一一年五月二八日付けで、本件許可処分の制限行為の期間を「許可のあった日から三年以内に着手し着手後三〇ヶ月の期間」に変更する旨の許可申請をなしたが、被告は、本件許可処分は同年三月二七日の経過によりその効力が消滅しているとの理由により、右申請に対し、同年七月二三日付けで、不許可処分をし、そのころ恋文字開発に通知をなしたが、恋文字開発は右通知から六〇日以内に建設大臣への審査請求をしておらず、右不許可処分は確定したことが認められ、したがって、本件許可処分の法的効力が確定的に消滅したものということができる。

二  原告らは、恋文字開発が被告に対し、新たな許可申請を求めた場合、本件許可処分がなされたという事実が、その後の許可処分の審査に影響を与えるおそれがあるため、本訴で実体的審理をなして違法性を判断しておく必要性があり、訴えの利益は存在すると主張する。

そこで、行政事件訴訟法九条括弧書きにいう「処分の取消しによって回復すべき法律上の利益」がなお存在するか否かについて判断するに、取消訴訟の目的は、違法な行政庁の処分がされ、そのために個人の権利ないし法律上保護されている利益が侵害されている場合に、被侵害者から訴えに基づいて右処分を取り消し、その判決の効果によって右権利ないし法律上保護されている利益に対する侵害状態を解消させ、その法益の全部又は一部を回復させることにあるから、処分の効力が消滅し、侵害状態に置かれる可能性が皆無となった場合には、処分の取消訴訟として訴えの利益を欠くに至ったものといわなければならない。

本件においては、本件許可処分の法的効力がその処分の日から二年を経過した日である平成一一年三月二七日の経過によって消滅し、恋文字開発はもはや本件許可処分に基づいて適法に砂防指定地内制限行為をすることはできなくなり、それに基づいて原告らがその権利、利益を侵害される可能性が皆無となったのであるから、原告らは訴えの利益を欠くに至ったというべきである。なお、原告ら主張のごとく、本件許可処分がなされたことが、今後恋文字開発によって新たになされる許可申請に対する審理に何らかの影響を与えるおそれが仮に存するとしても、そのような事情は事実上のものにすぎず、右事情をもって処分の取消により「回復すべき法律上の利益」が存在するとはいえないから、原告らの主張は理由がない。

三  結論

よって、本訴は、本件許可処分の取消を求める訴えの利益を欠くものであり、不適法であるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中澄夫 後藤慶一郎 伊吹真理子)

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